− 鹿児島県内ザビエルゆかりの地 −
[鹿児島市]    [東市来町・鶴丸城跡]


伊集院町
会見の地

島津貴久・ザビエル会見の碑

ザビエルは伊集院町にある一宇治城で1549年9月29日島津貴久と会見し宣教の許可を得て布教しました。その後1549年には記念碑が建てられ、城跡は城山公園として整備されました。



会見の碑

「フランシスコ・ザビエルは、1506年スペインのザビエル城にうまれた。イエズス会の宣教師となったが、ポルトガル国王の願いにより、インドや東洋の伝道に一生を捧げた。マラッカにいた時、日本人ヤジロウに逢った。彼はザビエルの人格にふれて弟と共に信者となり、天文十八(1549年)ザビエルを案内して故郷鹿児島に着いた。時に領主島津第十五代貴久は、一宇治城に住んでいたが、はるばると来日したザビエルの事を聞き、城内、平城の奥の院(今の中の城)にて面会を許した。ザビエルは弥次郎を通じてキリストの教えや、世界の情勢を説いたが、戦乱の中に平和と愛を説く教えに感銘した。また、鹿児島に着いた8月15日は、貴久夫人の5年忌の命日でもあり、お盆の日でもあったので、貴久の母君や家臣一同、心から温かにマリヤ像を拝した。
  かくて貴久は日本で初めて「キリスト教」の布教を許可したのである。貴久は35歳、ザビエルは43歳であった。然し、貴久は翌年鹿児島城へ移り、ザビエルも布教のため京都へ出発した。伊集院町では、昭和24年「丸に十字」と「十字架」を組み合わせ、ここに会見記念の碑を建立した。」
(昭和63年12月伊集院町教育委員会作成・会見の碑にある説明書きから。)


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